身體知(身体知)8

一重身と重心移動

尾崎 健次

 速さは力。力は逆らうものの存在によって発生する。加える力は体重。逆らう(反発する)ものは、地面(床板)。いかに全体重を足裏に乗せ、強く踏み切るか。分かりやすいのが陸上の走り幅跳び。しかし、筋力には限界がある。次に問題なのが体重の乗せ方。いかに素早く、バランスよく体重移動させるか。これは他の競技はもちろん、全ての動作に言えることである。

 剣道の場合、竹刀を含めた全身に構造的な力の張り、つまり、「一重身」を作ることが重要である。「一重身」とは柳生新陰流の『身五箇之大事』の「第一 身を一重に可成事」とあるように古くから剣術の要諦になっていることであるが、身体技法では最近、注目の言葉になっている。武道家、内田樹氏の説明では「股関節の開きと肩胛骨の抜きによって、手首周辺の筋肉には緊張がないまま、身体は一気に一重身になり、深層筋からの強い力がそのまま剣先にまで伝わる」(『身体で考える』)身体の使い方とある。剣道形の場合、上段や小太刀で半身と言って、一重身に近い形になるが、中段では、両腕を使って、剣先を頂点にした三角柱の立体構造になる。その三角柱で一枚の板のような力の張りは可能か? そこが身体技法の妙である。「身体を正中線に対してできる限り薄くする」「全身の筋肉を均等にする」という要領で、上下する剣先の走り(剣固有の動き)に合わせて、自分の重心(力)の移動を行うのである。身体をわずかに傾ける(あるいは左膝を内側に入れ、体重の掛かりを強くする)ことによって感じた力を、左足の拇子宮から膝、腰(丹田)、背筋、左肩、左腕、右腕、竹刀を握る小指から順に人差し指へと移動する形で伝えて行き、振りかぶられ(右手は左手の補助で引き上げる)、体重が踏み込む形で瞬時に移動され、振り下ろすと同時に、もの打ちに当たった竹刀の力を、今度は逆に移して、最後は右足全体に全体重を乗せる形で移していく。

 それは全身の筋肉細胞が微粒子に分解して流動化され、体の芯から瞬時に総動員されるようなものである。練達の武芸者はそれを「水」と言う。体内の水が上から落下して一気に砕け散るような力の使い方である。反発力のある板バネが上に引っ張られ下にはじかれるような、ギュッと引き絞られた矢が弓から放たれるような、振られた鞭がピシッと反転するような、力の炸裂感。それは重心移動の妙によって生み出されるのである。

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