身體知(身体知)6

居着きと胆力

尾崎 健次

 剣道の打突の決め手はいかに先手を取るかである。先々の先はもちろん、後の先にしても、気持ちはいつも相手より一歩先に行っている。後手は居着きというものであり、不利な戦況に置かれたことを意味する。先手こそ試合の流れを有利に進める勝利への第一歩である。

 居着きは相手の仕掛けによる、心の動揺、心の病というものである。恐懼疑惑緩焦怒の心の乱れは、一瞬、自分の視界から相手の太刀が消え、著しい身体能力の低下を招く。勝負は一瞬である。

 先手をいかに取るか?攻防の鉄則は「守りを固めて死角に入る」である。相手の仕掛けに乗らず、あらゆる場面を想定して臨むこと、視覚、触覚を全開にし、体感能力を最高度に上げ、今までの経験や、相手の特性を踏まえ、瞬時に融通無碍、変幻自在に反応できるようにすることが大事。無心の打ち、石火の打ち、反射の打ち、非中枢的な打ちがそれである。

 胆力とはそのような心の備えを作ることである。胆力とは、一切のことに驚かされず、騒がず、胆を据えるということである。驚かされないということはあらゆることを感受できるようなセンサーを全開にしておくことである。視覚、聴覚、触覚など鋭敏な感覚を研ぎ澄まし、相手の微細な徴候をも見逃さない。決して、感覚を鈍麻し、相手を無視して飛び込むことではない。それは軽挙妄動の向こう見ずであり、暴虎馮河の蛮勇である。不動の胆力を備え、守りも攻めも意識を徴候させず、「木人花鳥」のように振る舞うことが必要。木人花鳥—「心」なくして「体」が動く、木で作ったような人形の様な機械的な動きである。切っ先3寸の捨て身の攻防、駈け引きの中で先手を取り、相手を待機状態にさせながら、自分の身体感覚の中に取り込み、活殺自在のコントロールによって打突を有効にするのである。練達した得意技に対する自信と横溢した気迫が先手を可能にする。

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